東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)129号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 成立に争いない甲第二号証(願書添付の明細書)及び第三号証(昭和六一年一一月一四日付け手続補正書)によれば、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果は、次のとおりと認められる(別紙第一図面参照)。
(一) 技術的課題(目的)
本願発明は、カナ表記入力の日本語文を漢字カナ混じり文に変換する、カナ漢字変換装置に関する(明細書第一頁第二〇行及び第二頁第一行)。
カナ表記の日本語文を入力し漢字カナ混じり文に変換する一般的な方法は、あらかじめ単語辞書を用意し、入力されたカナ表記の日本語文と単語辞書中の単語との一致を順次検出するものであるが、一致した単語には文法的には区別できない同音異字語が存在することがあり、その場合は同音異字語群のうちの一語を人手によつて選択しながら文章を作成してゆくことになる。しかしながら、一文章中に同じ単語を何回も使用すること、特に重要な単語を数多く使用することは当然あり得るが、その単語が同音異字語を持つ場合は、同音異字語群から一語を選択する動作を繰り返さなければならない。
本願発明の目的は、同音異字語群から一語を選択する操作を簡略化し、文章作成を能率化したカナ漢字変換装置を提供することにある(同第二頁第二行ないし第三頁第一行)。
(二) 構 成
本願発明は、従来技術の右問題点を解決するために、その要旨とする構成を採用したものである(昭和六一年一一月一四日付け手続補正書第二頁第一行ないし第二一行)。
別紙第一図面は、本願発明の一実施例を示すブロツク図である。入力されたカナ入力列はカナ漢字変換部1によつて漢字に変換され変換結果表示部3に表示されるが、同音異字語がある場合は同音異字語群がカツコでくくつて表示される。オペレータは同音異字語群のいずれが正しいかを判定し、同音異字選択部7に指示して一意的な変換結果を得るが、その選択結果は同音異字語選択結果書き込み部6によつて同音異字語選択結果記憶部5に書き込まれる(明細書第三頁第一八行ないし第四頁第一二行)。
次に、同音のカナ入力列が与えられるとカナ漢字変換部1は同様に同音異字語群を発生するが、この同音異字語群は同音異字判定部2によつて同音異字語照合部4へ送られる。同音異字語照合部4は、送られて来た同音異字語群と、既に同音異字選択部7によつて選択され同音異字語選択結果記憶部5に記憶されている語との照合を行い、一致する語があれば、その照合結果を一意的に決定された変換結果として変換結果表示部3に送る(同第四頁第一四行ないし第五頁第四行)。
(三) 作用効果
本願発明によれば、既に使用された語は一意的に変換されるので、同じ同音異字語群が現れた場合の選択作業が不要となり、文章作成の能率が向上する(同第五頁第五行ないし第八行)。
2 一方、引用例に審決認定の技術的事項が記載されていることは原告も認めるところであるが、成立に争いない甲第四号証によつて引用例記載の発明の技術的課題(目的)及び構成を摘記すると、次のとおりである(別紙第二図面参照)。
引用例記載の発明は、漢字混じりの日本語文章を電子計算機その他のデータ処理装置に入力する装置に関するもので(第二頁左上欄第二行及び第三行)、誰でも容易に操作でき、しかも入力速度が高い漢字入力装置を得ることを目的とし(第二頁右上欄第八行ないし第一〇行)、読みとそれに対応する漢字、熟語との変換テーブル(カナ漢字変換テーブル、すなわち辞書)を収容して、右カナ漢字変換テーブルには、読みに対応する漢字、熟語と共に、同音異字の漢字、熟語についての使用順序情報を収めたものである。右使用順序情報は、その時点までの入力において使用された順序に関する情報であつて、実施例においては最も近い時点で入力されたものから順に並べる情報を採用しているが(第三頁左上欄第一行ないし第一一行)、それによつて、装置の使用を継続するに従い、使われやすい漢字、熟語は上位に、使われにくい漢字、熟語は下位に表示されるようになるので、選択が容易になり、入力速度が向上することになる(第四頁右下欄第九行ないし第一五行)。
3 そして、本願発明と引用例記載の発明とが審決認定の点において相違することは原告も認めて争わないのであるが、右相違点は、要するに、本願発明においては表示された同音異字語群のうちオペレータが適切なものとして選択した語を辞書とは別個の記憶装置に記憶しておき、以後に同音が入力されたときは右記憶された語のみを一意的に表示する構成であるのに対し、引用例記載の発明においては、表示された同音異字語群のうちオペレータが適切なものとして選択した語が辞書の同音異字語群の第一順位に来るように辞書の記憶内容を更新することによつて、以降に同音が入力されたときは、同音異字語群を最も近い時点で使用されたものから順次に表示する構成を採用している点に存する。
ところで、本願発明は右相違点に係る構成を採用することによつて前記1(三)のとおりの作用効果を奏するものと認められるが、このような作用効果は、本願発明が採用する右構成については何らの示唆もない引用例記載の発明からは、到底予測し得ないものである。
すなわち、引用例記載の発明は、前記のとおり同音異字語選択の都度、使用順序情報に基づいて辞書の記憶内容の更新を行うものであるところ、辞書の記憶内容の更新には相応の時間を要することは当然であるし、右のように辞書の記憶内容を更新したとしても、以後に同音が入力されたときは同様に数個の同音異字語が表示され、その中から適切なものを選択する操作が必要であることに変わりはない。
これに対し、辞書とは別個の記憶装置を備え、辞書に先立つて右記憶装置の記憶内容を利用する本願発明においては、辞書の記憶内容の更新が不要であるし、以後に同音が入力されたときは記憶されている語のみが取りあえず一意的に表示されるので、その語が適切なものである限りは、選択操作を省略し得ることになる。したがつて、同音異字語のカナ漢字変換が頻出する場合は、本願発明が引用例記載のものより文書作成の能率向上に資することは明らかなところである。
4 被告は、本願発明が奏する作用効果について、本願発明が採用している同音異字語についての一意的なカナ漢字変換の結果は、多くの誤りを含んだものとなるおそれが大きいと主張する。
しかしながら、本願発明の技術的課題が、頻出する同音異字語群から適切な語を選択する操作の簡略化にあることは前記のとおりであつて、その採用した一意的変換の構成によつて誤つた変換結果が生じた場合にどのような修正手段を採用するのが適切であるかは、本願発明とは別個の技術的課題であるというべきであるし、そもそも、本願発明は従来技術であるワードプロセツサの改良を技術的課題とするものであるところ、ワードプロセツサにおいては不適切な表示をいずれかの時点で修正して適切な表示に確定すべきことは自明の技術的事項に属する。
この点について、被告は、本願発明の要旨にいう「一意的に変換」は確定的な操作として行われているものであつて、変換された語を再変換し得るものと解する余地はないと主張する。
しかしながら、本願明細書には、本願発明が従来技術であるワードプロセツサと異なつて一意的な変換結果が適切でない場合にもそれをそのまま確定させて文章の作成を継続するものであることを示唆するような記載は全く存しないばかりでなく、明細書第二頁第七行ないし第九行には「同音異字語のうちの一つを人手によつて選択しながら文章を作成してゆく」ことがカナ漢字変換の最も一般的な方法として記載されているのであつて、右記載が、適切でない変換結果は確定させないことを前提としていることは明らかであるから、被告の前記主張は妥当なものとは考えられない。
したがつて、本願発明が奏する作用効果の顕著性は、被告が主張する根拠をもつて否定されるものではない。
5 以上のとおりであるから、本願発明の構成は引用例記載の発明からは予測し得るものでなく、かつ、本願発明が奏する作用効果も、当業者が当然に予測し得る程度のものということはできない。
しかるに、審決は、本願発明の技術内容を誤認しその一意的な変換は確定的なものであるとした結果、本願発明が奏する顕著な作用効果を看過して、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと誤つて判断したものであつて、違法であるから、取消しを免れない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。
〔編注1〕本願発明の要旨は左のとおりである。
カナ文字列を順次入力するための入力部と、
この入力部からカナ文字列が順次入力されるごとに、これに対応する漢字カナ混じり文字列を同音異字語の組みと共に順次出力するカナ漢字変換部と、
このカナ漢字変換部から漢字カナ混じり文字列が順次出力されるごとに、これを順次表示する表示部と、
この表示部に前記漢字カナ混じり文字列のうちの同音異字語が表示されたとき、その一つを選択するための同音異字語選択部と、
この同音異字語選択部によつて選択された同音異字語を記憶する記憶部と、
前記カナ漢字変換部から順次出力された漢字カナ混じり文字列に同音異字語の組みが含まれるごとにこれを検知し、その同音異字語と前記記憶部内の(選択された)同音異字語との一致を判定する手段と、
この判定手段によつて一致が判定されたときは、前記カナ漢字変換部から出力された漢字カナ混じり文字列に含まれる同音異字語の組みを、前記記憶部内の(選択された)同音異字語に一意的に変換して前記表示部に表示させる手段
とを備えたことを特徴とする、カナ漢字変換装置(別紙第一図面参照)。
〔編注2〕本件における図面は左のとおりである。
別紙第一図面
<省略>
別紙第二図面
<省略>